マリンバ奏者 田代佳代子の “毎日のこといろいろ”

コンサートまでのエピソード、マリンバを通して出会った出来事、
その日の発見など、毎日のことをいろいろと書いていく日記です。

2006年04月20日

命の重み。

JR福知山線の列車事故からまもなく一年。
テレビのニュースやワイドショーで、
最近、たくさん取り上げられている。

「心構えのない、肉親との別れ」

この悲しみは、おそらく背負った人にしかわからない。
言葉では言い表す事の出来ない想い。

後悔の念。
自責の念。

それはきっと、一生癒えることのない悲しみ・苦しみ。

インタビューに答える遺族。

「あぁ・・・同じ想いを持った人達だ・・・。」
と涙がこぼれる。

でも、私はあの人達が羨ましい。

大きな事故は、日本中が悲しみ、
そして、テレビ・新聞で毎年取り上げられる。

事故の現場には慰霊所が設けられている。
慰霊祭もあると言う。
きっと毎年、事故の日・時間には
皆が黙祷をし、電車も止まる。

それは、一度にたくさんの人達が亡くなったから。



私の父は、たった一人で亡くなったから、
誰の記憶にも残らないし、
誰もあの日の事を覚えていない。

私は毎年、命日に事故の現場に行きたい。
でも、それは許されない。

一周忌の時、警察に頼んで、
事故現場に連れて行ってもらった。
高速道路の現場。
数台のパトカーで行った。

数百メートルに渡って、
道路を一車線通行止めにした。
警察機動隊の方が、大きく旗を振り、
通行する車に知らせる。
大変なことだった・・・。

お線香を上げ、手を合わせるほんの数分の間。
でも、そこに十数人の機動隊の人達がいた。

そしてこうおっしゃった。

「もう、来年からは出来ません。
 安全性を保証する事は出来ないんです。
 いつここに車が突っ込んで来るかわからない。」

その通りです。

わかってはいる。
でも、私はそこへ行きたい。

日航機の事故だって、
NYのテロだって、
神戸の震災だって、
みんな、「その日」には、
その場所へ行くではないですか。


父は、たった一人で逝ったから、
一人の為に、警察は動いてはくれない。
あの場所は、何事もなかったように補修され、
日々、多くの車が通過する。

あまりにも悲しすぎる・・・。

たくさんの命と
たった一つの命。

その命の重みに違いがあるのだろうか。



あの場所に、父がいるとは思わない。

でも、一年に一度でいい。
自分が生きている限り、

「父がいた最後の場所」 へ行きたい。



そこが、父に一番近い気がするのです。
もしかすると、会えるような気がするのです。



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