2006年02月19日
それぞれの人生。
夕方、神戸の長女から電話。
長女から電話があるときはろくな話しではない。
「お金がない」とか
「熱がある」とか。
ドキッとして電話を取った。
「何の用なのよー。」
「あのさー、○○ちゃんが結婚するんだってー、
できちゃった婚だってー。」
絶句(!_+)
もう、言葉も見つからない(Q_Q)↓
○○ちゃんとは高校の時の友達。
娘の友達が母親になる・・・???
その友達は娘の同級生なのだから、
娘と同い年と言う事で・・・
もし、それが娘だったら・・・。
(支離滅裂・・・)
私は、おばあちゃん???????
冗談はやめてよ(T_T)
長女にはいっつも驚かされる。
高校生の頃から、いっつも私は振り回されっぱなし。
私は中3の時に音大進学を決意して、
高校の3年間はただただ桐朋へ合格のためだけに、
日々を過ごしていた。
高校生の頃の思い出と言ったら、
レッスンに通っていた事しかない。
なので、娘の行動が理解できなかった。
「もっと、ちゃんとしてほしい。」
といつも思っていた。
悩んで悩んで、カウンセリングまで受けに行ったこともあった。
でも、娘の事を相談しに行ったのに、
私のカウンセリングになってしまった。
「ちゃんと、って何ですか? 普通の高校生って何ですか?
お母さんの物差しでお子さんを計っていませんか?
私も、あなたがお母さんだったら苦しいなぁ。」
心理学の先生に言われた。
立ち上がれなかった・・・。
あれから、数年経ちました。
父が生前言ったことがあった。
「おまえは、人生が上手く行きすぎている。
挫折もなく、失敗もなく、絵に描いたような人生を歩んでいる。
あまりに上手く行きすぎているから、いつか大きな壁にぶつかって
どん底に落ちるような気がして心配でならない。」
どうしても理解のできなかった娘の考え。
それも私にとっては大きな大きな壁でした。
そして、「父の残酷な死」でどん底へ突き落とされました。
あんな事を言った父が、身を以て私に「どん底」を与えたのか、と思った。
でも、人は這い上がれる事、
それを教えてくれたのも父です。
その時の力は、もう誰にも負けない強さを持っているんです。
長女から電話があるときはろくな話しではない。
「お金がない」とか
「熱がある」とか。
ドキッとして電話を取った。
「何の用なのよー。」
「あのさー、○○ちゃんが結婚するんだってー、
できちゃった婚だってー。」
絶句(!_+)
もう、言葉も見つからない(Q_Q)↓
○○ちゃんとは高校の時の友達。
娘の友達が母親になる・・・???
その友達は娘の同級生なのだから、
娘と同い年と言う事で・・・
もし、それが娘だったら・・・。
(支離滅裂・・・)
私は、おばあちゃん???????
冗談はやめてよ(T_T)
長女にはいっつも驚かされる。
高校生の頃から、いっつも私は振り回されっぱなし。
私は中3の時に音大進学を決意して、
高校の3年間はただただ桐朋へ合格のためだけに、
日々を過ごしていた。
高校生の頃の思い出と言ったら、
レッスンに通っていた事しかない。
なので、娘の行動が理解できなかった。
「もっと、ちゃんとしてほしい。」
といつも思っていた。
悩んで悩んで、カウンセリングまで受けに行ったこともあった。
でも、娘の事を相談しに行ったのに、
私のカウンセリングになってしまった。
「ちゃんと、って何ですか? 普通の高校生って何ですか?
お母さんの物差しでお子さんを計っていませんか?
私も、あなたがお母さんだったら苦しいなぁ。」
心理学の先生に言われた。
立ち上がれなかった・・・。
あれから、数年経ちました。
父が生前言ったことがあった。
「おまえは、人生が上手く行きすぎている。
挫折もなく、失敗もなく、絵に描いたような人生を歩んでいる。
あまりに上手く行きすぎているから、いつか大きな壁にぶつかって
どん底に落ちるような気がして心配でならない。」
どうしても理解のできなかった娘の考え。
それも私にとっては大きな大きな壁でした。
そして、「父の残酷な死」でどん底へ突き落とされました。
あんな事を言った父が、身を以て私に「どん底」を与えたのか、と思った。
でも、人は這い上がれる事、
それを教えてくれたのも父です。
その時の力は、もう誰にも負けない強さを持っているんです。
Posted by Kayoko at 22:48
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この記事へのコメント
女性としての輝きとは何だろうと考えさせられます。志半ばで手ぶら同然(予算上)半拉致状態で熊本に来て、女性として、人間として個人としてなどの自分は1%も求められていない、親戚からも子育てマシーンか家政婦としか思われていない土壌、輝きからは遠い人生の始まり。マリンバも「この先子連れで帰省するなら処分しないと寝られないよ」と実家でお荷物になり熊本にひきとったのでした。自己犠牲的な人生や夢や希望がない事は一見ナンセンスなのかもしれませんが、誰かを輝かせる人生も悪くはない、そして輝いていない女性などいないのだと子を産んでからは思うようになりました。粗大ゴミになりそびれたマリンバはいまや「親子夢の共演」の立役者ですよ!どんな人にも平等に音楽がある。ステキですよね
Posted by keiの母A子
at 2006年02月20日 23:05


